2011年10月05日

第45話 さよならパキスタン

 日本では経験の出来なかった、何かをこの国で感じたのだろう。だが、その何かを言葉で説明する事はできなかった。ただ、涙は証明していた。俺がパキスタンを大好きだということを。シャヒットは、一輪ざしとコーヒーカップを置いて、ホテルの部屋を出て行った。

「タカオサン・ニホンデ・アイマショウ」

 という言葉を残して。最終日の早朝。ホテルの前には、たくさんの選手が見送りに来ていた。苦しめられたボーイも、お世話になったボーイも、無愛想なフロントも、そして、カディールもジャンギルも。

 無愛想なフロントはカディールを見つけると、すかさず側により、何やら激しい声で怒鳴り出した。多分、「宿泊料金を払え!」とでも、言っているのだろう。だが、俺には全く関係ない。そんな事は、知ったことではない。50日の滞在は、二人の争いなど気にしない、パキスタンの風土に慣れ親しんだ、おおらかな気持ちを育んでした。

 さあ、出発の時がきた。選手たちは、抱えきれないほどの土産物を抱えてきた。だが、もう荷物の整理は終わっていた。

「持ってくるなら、昨日、持ってこいよ!」

 俺は笑顔で怒鳴りながら、慌ててトランクの中身を整理し、飛行機に遅れないようにタクシーに乗り込んだ。ドアのないタクシーに。

「さよなら!もう来ないぞ!」

 そう、大きな声で叫びながら、みんなの姿が見えなくなるまで車から体を突き出しながら、手を振っていた。タクシーには相変わらずドアがないので、突き落とされそうになるまで、体を出すことが出来た。このタクシーにも世話になった。俺の専属のように、毎日ホテルで俺の出発するのを待ちわびている運転手。名前すら聞いていなかった。

 車は三十分もすると、ラホール空港に到着をした。ここから国内線でカラチまで行き、そこから国際線に乗り換えて成田まで。日本のことを考えると、夢が膨らむばかりだった。空港に到着をすると、俺は運転手に100ルピーを差し出した。すると、運転手は、

「ノー」

 と、言うではないか。「ノープロブレン」と、再度差し出すのだが、「ノー、サンキュー!」と、絶対にお金を受け取ろうとしなかった。そして、続けて、

「もう、今までに沢山もらいましたから」

 というような、つたない英語で拒否をしてきた。俺がパキスタンに抱いていた感情は、一体何だったんだろう。常に俺の財布に興味を示し、俺から金を巻き上げることを常としてきた数人の奴を見て、俺はパキスタンに対して間違った感情を抱いていた。だが、最後になって、パキスタン人の本音が見えてきた。悪いのは彼らではない。悪いのは、貧しさだと……。

 俺は金の代わりに、パキスタンで買ったテープレコーダーを無理やり受け取らせると、カラチへと向かって旅立って行った。久しぶりのカラチ空港。「ここで、何もかも取られたんだ」。つい先日のように感じながら、出国手続きを始めていた。だが…パキスタンは俺を素直に出国させてくれなかった。

 チェックインをしようと、カウンターに行って荷物を預けると…

「重量オーバーです!」

 みたいな英語が聞こえてきた。

「はあ?ノープロブレン!」

と言ったが。

「ノー!プロブレン!」

 と、空港職員は切り返してきた。どうも、12kgオーバーだと言いたいらしい。そして、次に出てきた言葉は…

「500ダラー!」

「はあ?500ドル!」

 出国に際して、500ドルも払えるか。俺の財布には、もう700ドルしか残っていないのに、最後の最後でこれだった。まあ、革ジャンが安いからといって、最終的に五着も買ってしまった俺も悪いが、先ほど、選手の持ってきた御土産が、かなり響いていた。12kgという数字を聞いてかなり慌てたが、俺はもう、以前の俺ではなかった。

「オーケー!プレゼント・フォー・ユー」

 と叫ぶと、俺は財布から50ドルを取り出した。そして、彼の目の前に差し出すと、

「プレゼント・フォー・ユー」

 と、繰り返した。すると、受付のおじさんは、

「サンキュー!ノープロブレン!」

 と言いながら、俺の荷物をベルトコンベアーに乗せて、何事も無かったように手続きが終了となった。「よっしゃー!!」。入国時のカラチ空港では、身ぐるみはがされそうになったが、出国の時は、守ることが出来た。これも、50日間の経験から成し得た行動だった。

 その時の俺は、入国時のアマチャンな日本人ではなかった。それにしても、空港でのアクシデントは、予想をしていなかった…

 飛行機は、激しい爆音をたてながら、空へと飛んで行った。窓から見える、ゴミゴミとしたカラチの町並み。10分もすると見えてきた黄色い大地。辛くもないのに、涙が流れてきた…

 隣の席で座るパキスタン人は、俺に何かを話しかけているが、俺の耳には何も入ってこなかった。もう、二度と訪れることのないパキスタン。さよならパキスタン。もう、出会うことのないシャヒット。そして、選手たち、今はどうしているのか…知る由もない…


おわり…

※次回、第46話は10月12日(水)更新予定となります。



abc123da at 22:48コメント(0)トラックバック(0) 
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