2011年12月07日

第53話 蟻地獄に落ちたレスラー

 明らかに勝機が見えてきた。これは油断ではない。長年の経験から感じる、確信的な勝機だった。先ほどのフロントからのネックハンギングと違い、今は完全に相手のバックをとっていた。

 大男は首を防御していたが、俺から言わせれば防御になっていなかった。俺は、拳を握りしめ、大男の耳の裏に押し付けた。そして、ドリルのようにグリグリと拳を回転させ、耳の裏からあごの下をめがけて拳を突っ込んでいった。

 いくら鍛えているとはいえ、耳元からあごにかけてのツボのような部分を押し付けることから発生する痛みだけは、こらえようがない。そして、グリグリと何度もあごの下を押し続けると、大男のあごが開いてきた。俺は、その瞬間を見逃さなかった。

 レスリングに、絞め技はない。もう、このパターンになったら、ろくな防御も知らないレスラーなど、柔道家の相手ではなかった。昔、先輩方にやられて苦しんだ方法を、今は自分のモノとして使用していた。

 そして、とうとう、大男のアゴが浮いた。その瞬間、俺は手首までを首に巻きつけると、手首の堅い骨の部分を大男ののど仏に押し付けた。そして、押し付けるとともに上から俺の全体重をかけて手首を引きながら絞めに入った。

 絞め技には通常、二種類の方法がある。一つは頸動脈を絞め続けることにより、相手の意識をなくしてしまう方法。そしてもう一つは、相手の気道及びのど仏を圧迫することにより、苦痛を発生させることにより「まいった」をさせる方法。

 俺は、後者を選んだ。先ほどのパワーボムの痛みと衝撃を考えれば、楽に頸動脈を絞めるという方法など浮かばなかった。悪いが、どれほど相手に苦痛を与えるか…それしか考えていなかった。この絞め方では、相手は気を失うことはない。だが、気を失わない分、「まいった」をしなければ苦しみ続けることとなる。

 俺の下で絞めあげられている大男の呼吸が荒くなった。そして、「ウエー」といいながら、咳き込んできた。もう、蟻地獄に落ちた蟻同然。どんな強い戦闘蟻でも、この状態から逃げ切れるほど……蟻地獄は深い穴だった。

 だが、このままタップをさせて試合を終えるほど、俺の精神状態は安定していなかった。異国の地、パキスタンにまで来ての異種格闘技戦。予期せぬ戦いから発した緊張と恐怖。その苦労を拭い去るためか、俺は鬼と化していた……。 


つづく…

※次回、第54話は12月14日(水)更新予定となります。 



abc123da at 23:33コメント(0)トラックバック(0) 
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