2011年11月16日
第51話 勝利目前の誤算
下から首に腕をまわして、絞めに入った。手首で相手の喉仏を圧迫し、頸動脈とともに絞め上げる、相手が最も苦痛を感じる技が決まった。グイグイと前腕部が大男の喉に絡みついていくのがわかった。
普通にいけば、30秒もあれば相手はギブアップをするか、失神をするだろう。勝利が見えた俺は、余裕で腕を絞めあげていった。
ゼエゼエと荒い息をたてながら、無抵抗に絞め続けられる大男。もう、どうあがいても逃げることは出来ない。俺の勝利は目前だった。だが、その時……。
フロントから絞めている俺の体が、一瞬ではあるが宙に浮いた。まさかとは思うが、大男は明らかに、絞めている俺ごと持ち上げて立とうとしていた。そんなはずはない……。この苦しみの状況で、意識はもうろうとしているはずなのに…首にぶら下がった俺を持ち上げるとは…そんなはずはない。
だが、信じられない出来事は現実として起こった。絞めあげられて、相手の体ごと持ち上げて逃げる行為など、日本では見たことがないし、経験もない。だから、予想も出来なかった。予想が出来ないということは、次の展開など考えているはずがない。なすがままに大男に持ち上げられ、宙に浮いた俺は、慌てるだけだった。
大男の前でぶら下がる俺はとにかく首だけは離さなかった。これは、ノールールの闘い。つまり、どちらかが立てなくなるまで試合を続けるしかなかった。だから、どんな体勢であれ首にまわした腕だけは、離すわけにはいかなかった。
そんな俺の執念に恐れをなしたのか…大男はゼエゼエと荒い息をたてながら動きは完全に止まった状況。このまま、立ったままの姿勢で失神してくれ。そう、願うしかなかった。
だが、大男は動き出した。なぜか、大きな体を揺さぶりだしたのだ…俺を宙に浮かせたまま。そして、次の瞬間……まさか!?
大男の体は、大きく後方にそられたかと思うと、そのまま俺を抱えて…前方へ前のめりになった。つまり、俺の体を持ち上げて、パワーボムの変形のような体勢で俺をマットへとたたき落としたのだった。
マットにたたき落とされた俺は、目の前が真っ暗になった。マットと言っても日本の座布団のようなもの。その下は、まさにコンクリート。そこに後頭部を打ちつけられると、もう……目の前はチカチカと砂の嵐が見えていた。
ただ、目の前にはゼエゼエと荒い息をたてながらも、目はニヤリとしたヤツが立っていた。完全に、形勢は逆転した。下で意識もうろうとした俺に対して、息は苦しいものの、回復しつつある大男。
勝利目前から奈落の底に落とされた俺は、窮地に陥ってもあきらめないアントニオ猪木とは違い、弱気になった単なる日本人青年だった…。
つづく…
※次回、第52話は11月23日(水)更新予定となります。
※都合により、第52話は11月30日(水)更新予定となります。