2011年10月19日

第47話 相手は英雄の甥?

 荒い息づかいで俺の前に立つ大男。目は血走り、俺に対する戦闘意欲は満々に感じられたが、なぜ俺が標的になるのか?とにかく俺は、いつ何時でも闘える準備だけ…心構えだけはしていた。

 向かい合う俺と大男。その緊張感の中に、ジャンギルが分け入ってきた。そして、ジャンギルは。

「kyasduljaytodjinasujkamk」

 全く理解の出来ないウルドュー語で大男に巻くし立てた。大男も負けてはいなかった。激しい口調でジャンギルを怒鳴りつけると、いつしか二人は……「ガシ!!!」と、組みあっていた。言葉ではもう解決できないかと思ったのか。柔道着を着たジャンギルとジャージを着たレスリングチームの大男は、頭をぶつけあい、両肩に手をからみ合わせて、プロレスのゴングが鳴ったかのごとく、相手の出方を探っていた。

 両者の攻防は数分続いたのだろうか。その時、一人の教え子が俺の前に走ってきた。そして、彼の手には一枚の古ぼけたポスターが握られていた。彼は、下手な英語で何やら俺に訴えているが、全く理解が出来なかった。だが、彼の手に握られたポスターを見ると……そこには、日本ではよく見かけられるレスラーの姿が写っていた。

 そのレスラーとは、アントニオ猪木。

 しかし、なぜ猪木がパキスタンのポスターに……ジャンギルと大男の攻防を横目に、俺は思案をしていた。だが、答えは出てこなかった。その時、横にいたナディームが。

「カレノ・オジサン・イノキトタタカイマシタ。カレハ、アンクル・イノキトタタカイマシタ」

 たどたどしい日本語で俺に説明をしてくれたが、何故に、猪木と闘った選手の甥がここで暴れているのか? 遠い過去の記憶で、猪木がパキスタンで興行をしたことは思いだしたが、その相手となった選手の甥がなぜここで暴れているのか? そんな疑問を持ちながら目の前の闘いを見つめていた俺に、ナディームは説明をしだした。

「カレハ・ニホンノ・ジュウドウカト・タタカウト・イッテイマス。ドウシマスカ?」

 全く背景が呑み込めないが、とにかく、いきなり現れたこのレスラーは、俺に対して闘いを求めていた。それを阻止すべく、目の前でジャンギルは闘っていた。だが、レスラーの腕がジャンギルの首に回ったかと思うと、その次の瞬間、ジャンギルの体は大きく宙に舞っていた。そして、ジャンギルは敗北した……。

 どうも、この闘いは投げをもって勝敗を決めているようだ。少しだけ安堵した俺は、次は俺だと、説明を受けていないものの、場の雰囲気で察していた。目の前の大男も、明らかに俺を挑発する態度で荒い息をしながら肩を揺らしていた。

 この時点で、俺を止めるものは誰もいなかった。パキスタン最強のジャンギルが投げられた後、柔道の名誉を守るのは…日本の名誉を守るのは俺しかいなかった。俺は、当然のごとく闘いの準備に入ったが、今、ここで書くほど冷静ではなかった。

 心の中では、負けたらどうしよう…負けたら、全てを失う…など、不安で頭がいっぱいだった。日本では経験をしたことのない緊張感。負けたら、直ぐに帰国をしなければならないのか?…まあ、それはそれで、嬉しいが…。

 とにかく、血管内の血液が逆流しそうなほどの緊張感を覚えながら、大男と見つめあっていた。そして、次の瞬間……大男は俺の柔道着を掴むと、全体重をあびせてきた!

つづく…

でも、来週で終わらないようなので、もう数回お付き合いください。

※次回、第48話は10月26日(水)更新予定となります。



abc123da at 23:01コメント(1)トラックバック(0) 
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