2011年01月24日
第2話 ラホールへ
「ヤバイところに来てしまったな!」
日本の空港では考えられない、午前二時に到着をしたのだが、今回の目的地であるラホールへ行く国内線の出発時刻は午前六時。
荷物を盗まれたショックは、私の心にかなりのダメージを与えていた。
「もう、妥協はしないぞ!来るなら来い!」
何に妥協をしないのか…何が来るのか。その対象すらわからないままに、私はカラチ空港で耐え続けていた。
そして、午前六時。ボーイング737は、急上昇と急降下を繰り返しながら、パキスタンで最も美しい町――ラホールへと向けて旅立っていった。
飛行機の窓から見えるのは、赤い大地。
「もし、ここで飛行機が落ちたら…」
ありもしないことを考えながら、ラホールまでの二時間を過ごしていた。周りには、日本人など一人もいない。ヨーロッパ系の人もいない。ほぼ一〇〇%、パキスタン人の中は、それまでの、どの国でも感じたことのない、異国への恐怖を感じるのに十分な環境だった。
そして、飛行機はラホール空港へ到着。迎えに来てくれたのは、ナショナルチーム監督のカディールと、キャプテンのジャンギルだった。
「タカオサン・カディールデス」
なんと、日本語が話せるではないか。
「ワタシ・イチネン・ニホンニイマス」
もしかして、「いました」の間違いか?
「高尾です。お世話になります」
「ワタシハ・コウドウカンニ・イチネン・ステイシマス」
「ワタシノ・シゴトハ・ケンチョシデス」
「ケンチョシ?」
「ハイ・ビルディングヲ・タテマス」
「ビルディング? もしかして、建築士?」
「ハイ……ソウデス・ケンチョシデス」
「それは、建築士ですよ!」
「ソウデス・ケンチョシデス」
「まあ、いいか……」
私達は日本製のランクルの後部座席に乗り、三十分もすると市街地へ到着した。
「ココハ・ホテルデス」
到着したホテルは、一流ホテルだった。
「ココデ・イチガツ・アナタハ・ステイシマス」
「一か月住むの?」
「ハイ・イチガツ・スムノ」
親切そうだがまだ信じきれない柔道家との出会いだった。
ホテルに到着すると、ものすごい数の警官が出迎えていた。今回の選手の中には、警官も多数いたはずだ。
「……俺も出世したな!」
目から涙がこぼれそうになった。空港で荷物を盗まれ、迎えに来た監督とキャプテンに疑いを持ち、もう、この国では生きていけないと嘆いていたのに。警官の大歓迎を受けながらホテルに入っていくのか……。この指導の旅もまんざらではないなと思っていたとき監督のカディールが警官となにやら立ち話していた。
二分を過ぎても帰ってこない。
「早く入場させろよ!もう、お膳立てはいいから!」
いらいらする私に関係なく、カディールは話し続けていた。そして、待つこと五分。私の元に返ってきたカディールは、
「センセイ・ジュエリーショプ・ゴトウデス」
「はあ? 後藤がどうしたの?日本人の後藤さんがいるの?」
「ソー・ゴトウデス」
「あ…そう。後藤さんは大使館の人?」
私は後藤さんに会うために、ホテルの入り口に向かった。
「ストップ!」
カディールは叫んだ。
「ジュエリーショップガ、ゴトウ…ストップ」
「…………………」
彼の怪しい日本語と、私のむちゃくちゃな英語の限界を始めて感じることとなった。カディールが何を言おうとしているのか…全く理解が出来ない。後藤さんが、どうしたと言うのだ?それに、後藤さんとはいったい何者なのだ?カディールと私の、言語を超越した身ぶり手ぶりの疎通で、カディールの言わんとすることが、なんとなく理解できるようになってきた。
手で、銃を打つような真似。物を、懐に入れようとする真似。要するに、彼の言わんとするところを要約すると、
「ジュエリーショップに強盗です!」
この内容に行きついた。ゴトウは後藤ではなく、強盗だった。つまり、私を歓迎して迎えに来てくれていた警官の群れは、ホテルの一階にある宝石店に押し入った強盗を捕まえるために配置された人たちであった。
「やっぱり、やばいかも!」
安全であるはずの高級ホテルで、出迎えてくれたのは警官と強盗。空港で荷物を奪われ、ホテルでは衝撃的なお出迎え。俺はたまらずカディールに叫んだ!
「日本に帰りたいんだけど!」
カディールに伝えるものの、
「ウエルカム……」
と、彼は満面の笑みを浮かべながら、私を歓迎してくれていた。
この長い旅は、数々の衝撃で始まっていくことになった。
日本の空港では考えられない、午前二時に到着をしたのだが、今回の目的地であるラホールへ行く国内線の出発時刻は午前六時。
荷物を盗まれたショックは、私の心にかなりのダメージを与えていた。
「もう、妥協はしないぞ!来るなら来い!」
何に妥協をしないのか…何が来るのか。その対象すらわからないままに、私はカラチ空港で耐え続けていた。
そして、午前六時。ボーイング737は、急上昇と急降下を繰り返しながら、パキスタンで最も美しい町――ラホールへと向けて旅立っていった。
飛行機の窓から見えるのは、赤い大地。
「もし、ここで飛行機が落ちたら…」
ありもしないことを考えながら、ラホールまでの二時間を過ごしていた。周りには、日本人など一人もいない。ヨーロッパ系の人もいない。ほぼ一〇〇%、パキスタン人の中は、それまでの、どの国でも感じたことのない、異国への恐怖を感じるのに十分な環境だった。
そして、飛行機はラホール空港へ到着。迎えに来てくれたのは、ナショナルチーム監督のカディールと、キャプテンのジャンギルだった。
「タカオサン・カディールデス」
なんと、日本語が話せるではないか。
「ワタシ・イチネン・ニホンニイマス」
もしかして、「いました」の間違いか?
「高尾です。お世話になります」
「ワタシハ・コウドウカンニ・イチネン・ステイシマス」
「ワタシノ・シゴトハ・ケンチョシデス」
「ケンチョシ?」
「ハイ・ビルディングヲ・タテマス」
「ビルディング? もしかして、建築士?」
「ハイ……ソウデス・ケンチョシデス」
「それは、建築士ですよ!」
「ソウデス・ケンチョシデス」
「まあ、いいか……」
私達は日本製のランクルの後部座席に乗り、三十分もすると市街地へ到着した。
「ココハ・ホテルデス」
到着したホテルは、一流ホテルだった。
「ココデ・イチガツ・アナタハ・ステイシマス」
「一か月住むの?」
「ハイ・イチガツ・スムノ」
親切そうだがまだ信じきれない柔道家との出会いだった。
ホテルに到着すると、ものすごい数の警官が出迎えていた。今回の選手の中には、警官も多数いたはずだ。
「……俺も出世したな!」
目から涙がこぼれそうになった。空港で荷物を盗まれ、迎えに来た監督とキャプテンに疑いを持ち、もう、この国では生きていけないと嘆いていたのに。警官の大歓迎を受けながらホテルに入っていくのか……。この指導の旅もまんざらではないなと思っていたとき監督のカディールが警官となにやら立ち話していた。
二分を過ぎても帰ってこない。
「早く入場させろよ!もう、お膳立てはいいから!」
いらいらする私に関係なく、カディールは話し続けていた。そして、待つこと五分。私の元に返ってきたカディールは、
「センセイ・ジュエリーショプ・ゴトウデス」
「はあ? 後藤がどうしたの?日本人の後藤さんがいるの?」
「ソー・ゴトウデス」
「あ…そう。後藤さんは大使館の人?」
私は後藤さんに会うために、ホテルの入り口に向かった。
「ストップ!」
カディールは叫んだ。
「ジュエリーショップガ、ゴトウ…ストップ」
「…………………」
彼の怪しい日本語と、私のむちゃくちゃな英語の限界を始めて感じることとなった。カディールが何を言おうとしているのか…全く理解が出来ない。後藤さんが、どうしたと言うのだ?それに、後藤さんとはいったい何者なのだ?カディールと私の、言語を超越した身ぶり手ぶりの疎通で、カディールの言わんとすることが、なんとなく理解できるようになってきた。
手で、銃を打つような真似。物を、懐に入れようとする真似。要するに、彼の言わんとするところを要約すると、
「ジュエリーショップに強盗です!」
この内容に行きついた。ゴトウは後藤ではなく、強盗だった。つまり、私を歓迎して迎えに来てくれていた警官の群れは、ホテルの一階にある宝石店に押し入った強盗を捕まえるために配置された人たちであった。
「やっぱり、やばいかも!」
安全であるはずの高級ホテルで、出迎えてくれたのは警官と強盗。空港で荷物を奪われ、ホテルでは衝撃的なお出迎え。俺はたまらずカディールに叫んだ!
「日本に帰りたいんだけど!」
カディールに伝えるものの、
「ウエルカム……」
と、彼は満面の笑みを浮かべながら、私を歓迎してくれていた。
この長い旅は、数々の衝撃で始まっていくことになった。