2011年01月24日
第5話 暑さと不衛生の中で…
さあ、練習開始だ。生徒は全員整列をしていた。私はゆっくりと正座をし、生徒を見つめた。
「バガラダカファニガリ……」
監督のカディールが何かを話している。多分、「日本から先生が来た!この機会に技を習得しろ!」とでも言っているのだろうか、選手の目はギラギラとしていた。
「センセイ、ニホントオナジケイコ…オネガイシマス」
日本と同じ練習を望んでいる。ならば……。
「乱取り!五分×一〇本!!」と、俺は叫んだ。
「…………」
全員が沈黙していた。
「センセイ…パキスタン、3ミニッツ、5タイムデス」
「はあ?3分×5本? 小学生じゃないんだから!!」
日本語で叫んでいた。
「だめだ!! ナショナルチームなんだから、一時間近くは乱取りしないと!」
だが、カディールも叫んだ。
「ノー、タイアードデス」
疲れると言いたいらしい。
「柔道は疲れるんだよ!練習は疲れるの!」
そうカディールに伝えると、練習は無理やり開始された。ナショナルチームのくせに、練習が疲れるとは…いったいどういう気持ちで取り組んでいるのか。だが、みんなが拒否する理由は直ぐにわかった。
気温三十八度。窓からは日本では経験をしたことのない熱風が吹き込み、クーラーどころか扇風機もない。
(確かに死ぬかも!)
選手とともに練習を開始したが、パキスタンの環境に衝撃を受けた。初日の練習は、乱取りを3分×5本で終えると、基本練習をあわせても一時間半で終了した。正直に言って、体力が続かない。二十六歳の体が、環境の変化についていけない。
恐るべきパキスタン。だが、この後、パキスタンの更なる恐ろしさを知ることになった。
何故か、柔道着が黒い! 真っ白の柔道着は、ラグビーでもしたかのように黒く汚れ、足の裏から、首筋までドロで汚れている。
(なぜ?)
窓から入り込んだ砂漠の砂が、マットの上にまで吹き込んで、私たちを野外競技でもしたかのように、泥まみれにしていた。
精神的には辛いものの、もっと辛かったのは、喉の渇きだった。間違っても水道の水は飲めない。ミネラルウォーターを買うのを忘れ、近所には商店もない。
四十度近い外気の中で、カラカラに乾いた喉を潤したい……。そのとき、選手のナディームが話しかけてきた。
「ドリンク・ドリンク」
「飲めるのか!」
日本語で叫びながら、ナディームについていくと、そこには……日本では見たことのない、ジューススタンドがあった。
トタン屋根にバラックで作られたような小屋には、親子と思われる少年と大人が働いていた。無造作につまれたサトウキビの茎を、圧縮機の中にいれると、その機会の先端から、白いドロドロの液体が出てきた。
そこから流れてくるのは、天然のサトウキビジュース。初めて飲むフレッシュサトウキビジュースを口につけ、一気に飲み干すと…。
「ウメ――」
渇いた喉を潤す天然のサトウキビジュースは、今までの人生で飲んだ、どんなジュースよりもおいしかった。
「毎日これを飲むぞ!」
ナディームに叫ぶと、日本語のわからないナディームも微笑んでいた。
しかし、私は二度とその店を訪れることはなかった。
約二時間後……私の腹部は嵐に見舞われていた。風速四十メートル。950ヘクトパスカル。腹の中は荒れ狂い、上の口も下の口も、水門を全開にして!
「もう何もありませんよ!」
と、ギブアップをしているのに、まだ吐きもどそうとしていた。
新婚半年目。きれい好きの妻と暮らした数ヶ月間は、劣悪な環境に耐えるだけの免疫力 を失わせていた。それからというもの、水道水。屋台の飲食。などなど腹痛を予感させる ものには、一切近づかない生活を送ることになった。
だが、そんなものは序の口。異国の食生活は、まだまだこんなものではなかった。
「バガラダカファニガリ……」
監督のカディールが何かを話している。多分、「日本から先生が来た!この機会に技を習得しろ!」とでも言っているのだろうか、選手の目はギラギラとしていた。
「センセイ、ニホントオナジケイコ…オネガイシマス」
日本と同じ練習を望んでいる。ならば……。
「乱取り!五分×一〇本!!」と、俺は叫んだ。
「…………」
全員が沈黙していた。
「センセイ…パキスタン、3ミニッツ、5タイムデス」
「はあ?3分×5本? 小学生じゃないんだから!!」
日本語で叫んでいた。
「だめだ!! ナショナルチームなんだから、一時間近くは乱取りしないと!」
だが、カディールも叫んだ。
「ノー、タイアードデス」
疲れると言いたいらしい。
「柔道は疲れるんだよ!練習は疲れるの!」
そうカディールに伝えると、練習は無理やり開始された。ナショナルチームのくせに、練習が疲れるとは…いったいどういう気持ちで取り組んでいるのか。だが、みんなが拒否する理由は直ぐにわかった。
気温三十八度。窓からは日本では経験をしたことのない熱風が吹き込み、クーラーどころか扇風機もない。
(確かに死ぬかも!)
選手とともに練習を開始したが、パキスタンの環境に衝撃を受けた。初日の練習は、乱取りを3分×5本で終えると、基本練習をあわせても一時間半で終了した。正直に言って、体力が続かない。二十六歳の体が、環境の変化についていけない。
恐るべきパキスタン。だが、この後、パキスタンの更なる恐ろしさを知ることになった。
何故か、柔道着が黒い! 真っ白の柔道着は、ラグビーでもしたかのように黒く汚れ、足の裏から、首筋までドロで汚れている。
(なぜ?)
窓から入り込んだ砂漠の砂が、マットの上にまで吹き込んで、私たちを野外競技でもしたかのように、泥まみれにしていた。
精神的には辛いものの、もっと辛かったのは、喉の渇きだった。間違っても水道の水は飲めない。ミネラルウォーターを買うのを忘れ、近所には商店もない。
四十度近い外気の中で、カラカラに乾いた喉を潤したい……。そのとき、選手のナディームが話しかけてきた。
「ドリンク・ドリンク」
「飲めるのか!」
日本語で叫びながら、ナディームについていくと、そこには……日本では見たことのない、ジューススタンドがあった。
トタン屋根にバラックで作られたような小屋には、親子と思われる少年と大人が働いていた。無造作につまれたサトウキビの茎を、圧縮機の中にいれると、その機会の先端から、白いドロドロの液体が出てきた。
そこから流れてくるのは、天然のサトウキビジュース。初めて飲むフレッシュサトウキビジュースを口につけ、一気に飲み干すと…。
「ウメ――」
渇いた喉を潤す天然のサトウキビジュースは、今までの人生で飲んだ、どんなジュースよりもおいしかった。
「毎日これを飲むぞ!」
ナディームに叫ぶと、日本語のわからないナディームも微笑んでいた。
しかし、私は二度とその店を訪れることはなかった。
約二時間後……私の腹部は嵐に見舞われていた。風速四十メートル。950ヘクトパスカル。腹の中は荒れ狂い、上の口も下の口も、水門を全開にして!
「もう何もありませんよ!」
と、ギブアップをしているのに、まだ吐きもどそうとしていた。
新婚半年目。きれい好きの妻と暮らした数ヶ月間は、劣悪な環境に耐えるだけの免疫力 を失わせていた。それからというもの、水道水。屋台の飲食。などなど腹痛を予感させる ものには、一切近づかない生活を送ることになった。
だが、そんなものは序の口。異国の食生活は、まだまだこんなものではなかった。