2011年03月23日

第19話 禁断の演技(2)

  俺は、呆然とするしかなかった。要するに、最初の相手を右パンチで倒し、二番目を背負い投げ、三番目をともえなげ、四番目をまわしげり、五番目を内股で投げてくれという。

  それも、流れるように、順次に掛かってくる相手を、一瞬のうちに投げ飛ばしてくれという。劇団のような?興行のような?今までに経験もなければ修行したこともない!

  おまけに、五つ中二つは空手の技。絶対に無理だ!だが、開演まで約一時間。今日のお客さんは、大使に政府関係者。絶対に失敗は許されない。俺たちは、残り少ない時間を意識しながら、打ち合わせをおこなっていた。

  だが、先ほど、「開演」とか、「お客さん」とか「失敗は許されない」などという言葉を使ったが、俺らは劇団ではない。カディールの熱心なプロデュースに、一瞬、劇団員になりかけそうになったが、

 「俺は柔道家だ!」

   失いかけたものを、取り戻すことが出来た。幕が開くまで、残り10分。カディールは、「パンチ・キック・オネガイシマス」と、あくまでも派手な演出を要求してきた。

 「NO!!」

   俺はかたくなに拒んだ。だが、残された時間は五分に迫った。このデモンストレーションをどうまとめるべきか。演出家のカディールとは、意見の食い違いから、話し合うことをやめていた。幕の向こうでは、約五百人のお客さんがいる。俺は緊張をしながら、幕内から、そっと幕をめくり上げて、観客席をのぞいた。

 「………あれ?」

  幕の向こうには、幕の向こうには……今まで生きてきた、日本では見たことのない光景が!

 「なんで?」

   俺の目に飛び込んできたのは!俺の目に見えたのは!誰一人いない、観客席だった。幕の隙間から見ているから、視界が狭いのか?俺は、幕を大胆に開け、観客席を見渡した。

   午後四時開始のはずなのに、観客席には誰一人いない。もしかして、柔道の人気がないのか?それとも、時間を間違えたのか?それとも、日を間違えたのか?それとも、俺が有名選手じゃないからか?ありとあらゆる負の想像をしていた。

  だが、ここで俺は、ある異変に気がついた。カディールはじめ、選手全てが、何も気にすることなく、デモンストレーションの練習をしていた。俺は先ほどから、十分前、五分前と、時間に追い詰められていた。だが、四時ジャスト。選手たちは、練習を継続し、観客席には誰もいなかった。

 「カディール!お客さんは?」

 「ダイジョウブ・キマス」

 「でも、もう四時だよ?」

 「ダイジョウブ・パキスタン・ダイジョウブ」

 「……………」

   何が大丈夫なのかは知れないが、俺は不安の極地にいた。なんで、観客がいないのか?なんで、ナディームは俺にパンチとキックを要求するのか?時間になっても、観客が集まらないのに、なぜに、みんなは練習をしているのか?

   だが、待つこと三十分。俺の目の前に、なんと、日本人と思われる集団が……。ホテルのロビーに続く久しぶりの日本人。スーツに身を固めて日本人の集団が、観客席に現れてきた。その数、6人。

 「もしかして…今日の観客は6人か?」

   せっかくの日本人と会えたのに、俺の不安はますます増していった。ラホールから来たのに、観客は、6人だけか!と、心の中で叫んでいたのだが、この日本人の集団が口ずさんだ言葉で、この国の文化を垣間見る元が出来た。

 「ちょっと、早すぎたかな?」

 (ちょっと、早すぎたかな?)

  四時開始のはずなのに、この集団が来たのは、三十分後。それも、時間を守ることを国民の誇りとしている、日本人が、「早すぎたかな?」

 (おい!こら!それでも、日本人か!それでも、国の役人か!)

  心の中で思うものの、この後、この日本人の集団に、俺は、敬意と、尊敬の念を抱くことになった。

  結論!パキスタンでは、集合時間が決められていても、良い人で、一時間。通常は二時間経っても、来ない人がいる。当然だが、時間通りに来る人などいない。そう考えると、集合三十分後に来た日本人の集団は、逆算すれば、開始、一時間三十分前に来たことになる。

 「ども、すいませんでした!日本人の皆様」

 続く……

次回、第20話は3月30日(水)更新となります。

abc123da at 23:28コメント(0)トラックバック(0) 

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