2011年04月06日
第20話 偽りの柔道
二時間遅れの開演。開演ではないよな!興行ではないのだから!十分なリハーサルを終えて、デモンストレーションは開始された。だが、カディールの言う、ライトパンチと、キック。これだけは、絶対に受け入れることが、出来なかった。
しかし、幕は開かれた…観客席は、開始が二時間も遅れると、奇跡的に満員。選手も俺も、観衆の拍手に緊張しながら、観客席に向かっていた。
そして、最初のデモンストレーション。一対五の闘いが、始まろうとしていた。緊迫する私と選手。私は絶対にパンチやキックは使わないと決意をしていた。
「さあ、来い!」
日本語で叫ぶと、日本人以上に、パキスタンの人々から、意味不明の大きな声援がかかってきた。だが、現実は厳しかった。静まりかえるホール。向かい合う俺と選手たち…俺も選手も緊張をしていた。だいたい、デモンストレーションの経験など、今までに一度しかなかった。それも、投げの形をやっただけ。今日は、五人を相手に、投げ技を披露する。はたして、うまくいくか?
自然体に構える私。選手はなぜか、空手のように、ファイティングポーズをとっていた。
その時だった。いちばん右にいる選手がかかってきた!打ち合わせ通りと、思った瞬間…二番目の選手も、三番目の選手も、四番目も五番目も、一斉に動き出した。
「何やってんだ!!」
日本語で叫ぶが、既に時遅し。こんな場面で柔道を披露したことのない選手たちは、あまりの緊張のあまり、我を忘れていた。
「ウギャ!!」
意味不明の言葉を発しながら、襲い掛かってくる選手。緊張のために、目が殺気立っていた。二番目の選手も、もうすでに近くまで来ている。俺は叫んだ!
「何やってんだ!!お前ら!!」
だが、何をどう言おうと、もう彼らを止められなかった。一番目に飛びかかってくる選手を、背負い投げ!空中に飛ぶ選手を横目に、二番手を、内また!と、行きたかったのだが、私の…私の…右手は、ライトパーンチ!なぜか、彼の左頬を殴っていた。
そして、二番目の選手を見ると、既に50センチの至近距離まで迫っていた。内また!と、行きたかったが、既に遅し!俺の左手は……レフトパーンチ!それも、彼のボディーを……。
三番手が来た!もう、必死だった。あれほど封印していたパンチのはずなのに、俺は柔道家という概念を忘れて、ただ、戦うだけの野蛮な人間になっていた。
「だいたいお前ら、打ち合わせを聞いてんのか!」
結果は散々だった。パキスタンに柔道指導に行ったはずなのに、俺は…俺は…インチキ空手家に、陥っていた。襲いかかる五人を相手に、無我夢中で戦った、インチキ柔道家。こんな姿を先生方に見られたら!
「センセイ……グッドデス」
カディールは、拍手をしながら近づいてきた。落ち込む俺の隣で、満足そうに、笑顔で話すカディール。俺は、柔道家としての、全てを失ったかのように、背中は曲がり、頭を上げることはなかった。
「何かが違う!この国にきて、生活から柔道まで、何かが違う!」
そう叫ぶものの、観客席の人たちは、スタンディングオーべーションで、私達の演技に 対し、拍手喝采をやめることはなかった。だが、落ち込む俺の横で、カディールが話しかけてきた。
「センセイ…イマカラ・ラジオデス」
「はあ?聞いてないよ!」
時間は未定。予定も未定。打ち合わせも関係なし。この国の魔力に、身も心も打ち砕かれそうな日本人一人。イスラマバードで孤独と矛盾に耐えながら。私たちは、ラジオ局に向って行った。
※次回、第21話4月13日(水)更新となります。
しかし、幕は開かれた…観客席は、開始が二時間も遅れると、奇跡的に満員。選手も俺も、観衆の拍手に緊張しながら、観客席に向かっていた。
そして、最初のデモンストレーション。一対五の闘いが、始まろうとしていた。緊迫する私と選手。私は絶対にパンチやキックは使わないと決意をしていた。
「さあ、来い!」
日本語で叫ぶと、日本人以上に、パキスタンの人々から、意味不明の大きな声援がかかってきた。だが、現実は厳しかった。静まりかえるホール。向かい合う俺と選手たち…俺も選手も緊張をしていた。だいたい、デモンストレーションの経験など、今までに一度しかなかった。それも、投げの形をやっただけ。今日は、五人を相手に、投げ技を披露する。はたして、うまくいくか?
自然体に構える私。選手はなぜか、空手のように、ファイティングポーズをとっていた。
その時だった。いちばん右にいる選手がかかってきた!打ち合わせ通りと、思った瞬間…二番目の選手も、三番目の選手も、四番目も五番目も、一斉に動き出した。
「何やってんだ!!」
日本語で叫ぶが、既に時遅し。こんな場面で柔道を披露したことのない選手たちは、あまりの緊張のあまり、我を忘れていた。
「ウギャ!!」
意味不明の言葉を発しながら、襲い掛かってくる選手。緊張のために、目が殺気立っていた。二番目の選手も、もうすでに近くまで来ている。俺は叫んだ!
「何やってんだ!!お前ら!!」
だが、何をどう言おうと、もう彼らを止められなかった。一番目に飛びかかってくる選手を、背負い投げ!空中に飛ぶ選手を横目に、二番手を、内また!と、行きたかったのだが、私の…私の…右手は、ライトパーンチ!なぜか、彼の左頬を殴っていた。
そして、二番目の選手を見ると、既に50センチの至近距離まで迫っていた。内また!と、行きたかったが、既に遅し!俺の左手は……レフトパーンチ!それも、彼のボディーを……。
三番手が来た!もう、必死だった。あれほど封印していたパンチのはずなのに、俺は柔道家という概念を忘れて、ただ、戦うだけの野蛮な人間になっていた。
「だいたいお前ら、打ち合わせを聞いてんのか!」
結果は散々だった。パキスタンに柔道指導に行ったはずなのに、俺は…俺は…インチキ空手家に、陥っていた。襲いかかる五人を相手に、無我夢中で戦った、インチキ柔道家。こんな姿を先生方に見られたら!
「センセイ……グッドデス」
カディールは、拍手をしながら近づいてきた。落ち込む俺の隣で、満足そうに、笑顔で話すカディール。俺は、柔道家としての、全てを失ったかのように、背中は曲がり、頭を上げることはなかった。
「何かが違う!この国にきて、生活から柔道まで、何かが違う!」
そう叫ぶものの、観客席の人たちは、スタンディングオーべーションで、私達の演技に 対し、拍手喝采をやめることはなかった。だが、落ち込む俺の横で、カディールが話しかけてきた。
「センセイ…イマカラ・ラジオデス」
「はあ?聞いてないよ!」
時間は未定。予定も未定。打ち合わせも関係なし。この国の魔力に、身も心も打ち砕かれそうな日本人一人。イスラマバードで孤独と矛盾に耐えながら。私たちは、ラジオ局に向って行った。
※次回、第21話4月13日(水)更新となります。