2011年06月08日

第29話 やるかやられるか!?

 さて、その日は意味もなく町に出てみた。リバリティーマーケット。この辺りでは、高級な品物を売るマーケットだ。当然のように、俺の後ろには、物乞いが列を成し周囲から見れば殿様行列?

 この時期になると俺は彼らにお金をやることはなかった。悪いが、やっても、やってもきりがない。外出するたびにお金をやっていたらいくらジャパンでも、いつかは尽きる。俺は行列を無視し、ただひたすら目的のケンタッキーフライドチキンを目指して、歩いていた。

 ここ数日、俺は数々の発見をしていた。ケンタッキーフライドチキンに、アイスクリームのサーティーワン。モスリムの国に、アメリカの文化を発見したのだ。ケンタを発見したときは、狂喜したね。現地の食べ物と中華に飽き飽きしていた頃、カーネルサンダースの…あの絵を発見!飛び込んだよ……店内に。

 そして、チキンを2ピース。コーラにポテトを注文すると、胸を躍らせながらかぶりついた。日本では、特にチキンが好きなわけではない。だが、「久々…」。これが、高揚感を与えていた。あの、独特な味……あれ?あれれ?なんか、違うな?うまく表現できないんだけど、ちょっと、獣臭いと言うか、パウダーは大丈夫だが、チキンが……せっかく見つけたケンタだったが、その後、特にケンタに拘る事はなかった。

 そうだ、今回は、ケンタの話ではない。俺は街中を歩いていた。すれ違う人たちは俺をなに人かと怪しむような目で見るし店に入れば、いつもの通り「チャイニーズ?」と、聞かれるのでいつもの通り、「イエス」と答えていた。

 そして、衝撃はここから始まった。俺の前方、20メートル位を、地をはいながら、進んでくる青年が……両腕の力だけですすんでいた。

 パキスタンの男性はワンピースのような、ドレスのような一つなぎの服を着ている。実際には、その下にズボンもはいているのだが…私から見える彼は、下半身がない。正確に言えば、足がない。多分、想像だが戦争で足でも吹っ飛ばされたのか?地雷でも踏んだのか?テロの被害者か?様々な憶測をするが、現実的に彼の足はなかった。

 手ではいつくばり、俺をめがけて進んでくるような?そんな予感がした。平和な日本に住んでいると、こんな状況は……あまり得意ではない。かわいそうという感情を通り越して、戦争の現実や、貧困の現実を目の当たりにすると、言葉にならなかった。

 そして、彼は俺の前にたどりついた。ギロっと、俺を見る彼の目は、無言のままに、何かを物語っていた。そして、右手を差し出し、無言のままで俺に金を要求してきた。言葉も失っているのか?事情は良くわからないが、今までの物乞いとはパターンが違う。彼は、生きるために必要な体の一部分を失いながら、必死に生きている。

 なんという、けなげな……俺の胸は張り裂けそうだった。どうにかしてやりたいが、俺には大きなことは出来ない。そう考えると、俺は財布を取り出し、中から……500ルピー札を取り出した。日本円にして、約1000円程度。いつもは、2ルピーとか、多いときでも5ルピーくらいしか与えていない。

 以前にも書いたが、ボーイの給料が月に100ルピーだ。医者や弁護士でさえ、10000ルピー、日本円で2万円だ。そんな状況での500ルピーは、日本の感覚で言うと、正確ではないが数万円程度の金をもらった感覚になるかな?この1000円で、彼は楽に、一ヶ月程度は食物に困らないだろう。大げさかもしれないが、このお金で彼の一ヶ月の命を、俺は保障してやることになる。

 優越感などない。ただあったのは、悲しみだけ。だが、俺はこの後、この国に来て予想だにしない、最大級の衝撃を受けることになった。俺は財布の中の500ルピー札を取り出すと、彼の目の前に差し出した。

「取っておきな…」

「…………」

 彼は、全く動くことなく、500ルピー札を凝視していた。

(そんなにうれしいか?そうだろうな!この札があれば、何十回も、飯が食べられるものな…)

 優越感ではない。彼の生活を助けることが出来たという、満足感だった……それを、優越感というのか……?俺の手の中にある500ルピー札。彼は、全く動こうとしなかった。そんなに、ビックリしているのか?まあ、無理もないだろう。だが、次の瞬間、彼の手が動いた。

「バ!!」

 と、俺の手の中にある札を取ったかと思うと、取ったかと思うと、札を取るために動かした手と同時に、別な体の部分が動いた!

「うそだろう!!!!!」

 青年は、手を動かすと同時に立ち上がり、足を全力で動かしながら、俺の前から走り去っていった。ボルトかと思わせるような速さで!

「どういうことだ!!!???」

 瞬時に状況を判断できない俺は路上で呆然と立ち尽くした。後日、ホテルの従業員からの情報により、彼の正体がわかった。以下に分析をしよう。彼は、外国人を専門とする、物乞いらしい。パキスタンの服の特徴を生かし、足のないふりをしては物乞いをやっているとの事。だから、現地の人間で、彼にお金をやる人間はいないということだ。

 そして、見事に勘違いをした俺が差し出した500ルピーという大金。どれくらいビックリしたのだろう!俺のショックより、彼のほうが、衝撃的だったのだろう……500ルピーという、今までに見たことのない大金を見て。

 普段は、外国人の前で、走ることはないらしい。悲しそうな目をしながら、同じ人から何度でもお金を恵んでもらうのが彼の常套手段のようだ。だが、500ルピーというお金は、彼の心理状況を一瞬狂わしたのだろう……

 あっぱれパキスタン。見事だ、青年よ!俺は……俺は…平和な日本から来た、空腹を知らない明らかに君たちよりは、生きる力の弱い人間だ。もう、常識など必要ない。この時期から、明らかに人格が変化をしていったように思う。やるか、やられるか。こんな現実があることを、しっかりと学ぶことが出来た。ありがとう、パキスタン!


※次回、第30話は6月15日(水)更新予定となります。

abc123da at 23:10コメント(0)トラックバック(0) 

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