2011年06月22日
第31話 シャヒットの善意?
「二通で100ルピーだ!」
「エ…ソンナ……」
シャヒットは、いきなり十分の一まで値を下げる俺の手法に、多少、戸惑っていた。
「ワカリマシタ・ニツウデ・1000ルピーデイイデス」
いきなり半値に下げてきた。今回ばかりは、俺の勝ちかも知れない……俺は、心の中でうれしくてしょうがなかった。(初めて、シャヒットに勝てる!)そう思うと、俺は目標を300ルピー(600円)に決めた。
「よし、それなら150ルピーだ!」
「タカオサン・ソレハヒドイデス」
盗人猛々しいとはこのこと。お前はいったい、今まで俺からどれくらい巻き上げたんだ!
「だめだ!これ以上譲れない!」
「……ワカリマシタ。500ルピーデイイデス」
また値段を下げてきた。だが、俺はあくまでも300ルピーにこだわった!
「だめだ!200ルピーだ!!」
シャヒットは、俺の前で、初めて困った顔を見せた。そして、なにやら思案をしていた。
「今回は、だめだからな!」
俺の強硬な姿勢に、シャヒットも今回ばかりは観念したのか??だが、次に彼の口から出た言葉は、俺の予想に反するものだった。いつもとは違う俺の様子を、シャヒットは感じ取ったのだろう…下を向きながら考えた様子で、頭をコクンと、うなずいた。彼なりに、何かの決断を下したのだろう。
「ワカリマシタ」
「じゃあ、200ルピーでいいのか?」
この時点で、俺は初勝利の予感が……海外に行って、このような交渉の場合、最初は相手が怒るくらいな値段を言った方がいいと、この数週間で学ぶこととなった。特に、アジアではまともな値段で買うことは、絶対にあってはならない。相手の言い値と、こちらの劇安値。そして、中間で折り合いをつけても、どちらが得をしたのかは、こちらにもわからない。だから、最低でも言い値の半分以下から始めたほうがいい。だが!だが、だが、だが、シャヒットの口から出てきた言葉は!!
「わかりました…今回は、100ルピーでいいです」
「……はあ?」
俺の提示した、はったりの200ルピーの半分!300ルピーで妥協をしようと思っていた俺の、三分の一の値段?どうしたんだ、シャヒットは?だが、シャヒットは、真剣な顔をしながら話し始めた。
「イツモ・オセワニ・ナッテイマスカラ」
「はあ?本当にどうしたの?」
シャヒットは、二通の手紙を、北京を通じて確実に送ってくれるという。それも、たかが100ルピーで。今まで、ハイエナのように、俺の懐を蝕んだくせに。
「やっと、日本の文化がわかってくれたか!」
シャヒットは、二通の手紙と、100ルピーを受け取ると、ホテルを後にした。
だが……シャヒットの作戦は、確実に実行されていた。その作戦に気がつかない俺は、その後もシャヒットの行為に甘えながら、数週間を過ごすこととなった。突然優しくなったシャヒット。俺は、本当に甘い日本人だった。
余談である。
落ちはだいぶ先になるが、シャヒットに渡した手紙は、北京から日本へ、確実に郵送されていた。だが、パキスタンから帰国後、俺は先生や友人に攻められることに…
「なんで?北京から送られてきているの?」
友人に頼んだとか、パキスタンの状況を説明するが、周囲の人は、なかなか理解をしてくれなかった。
「お前!本当は北京にいたのか!?」
「いや、パキスタンですよ!」
「嘘をつくな!本当は、中華料理を食べて、万里の長城を見てきたんだろう!」
「絶対に行っていません!!ラホールにいました!」
「わかった!でも、休暇をとって、北京に行っただろう!」
「絶対に行っていませんから!!!」
帰国後、俺は北京で遊んでいたと、周囲には疑いをかけられた。シャヒットの善意は、帰国後もシャヒットは、俺を困らせていた…
※次回、第32話は6月29日(水)更新予定となります。