2011年07月13日
第34話 人類最大のアリ塚
「ウエーー!!」
パキスタン滞在中最大級のアリ塚を発見!俺はたまらず、そこを抜け出し、隣の大便器のある扉を開けた。
「ウエーー!!!」
なんと、そこにも先ほどに負けず劣らずのアリ塚が!!
「グエーーー!!!」
もう…もう、涙が出てきた。嗚咽したいのに出来ない。俺は、最後の望みを、最後の扉に賭けた。そして、ゆっくりと扉を開けると、
「ギョヘーーー!!!」
さらに大きい、人類最大級のアリ塚発見!先ほどからの刺激臭は、この、パキスタン最大級のアリ塚から発せられていたようだ。俺は涙を流し、吐きたいものも吐けないで、練習に戻っていった。だが、このトイレの攻撃は、これだけでは終わらなかった。この後に、もっと恐ろしいものが、俺を待ち構えていた。
涙を流しながらトイレから出てくると、そこは……暗黒の世界と化していた。先ほどトイレのドアを開けた時に群れをなして出てきた生物!その正体は……ハエの大群だった。目の前に飛ぶハエの大群。群れをなす集団から一匹狼のように、自由気ままに飛ぶ者まで、道場として使われているスペースはハエの大群で覆われていた。
そのハエは、選手の柔道着や体にまとわりつき、いかにも不潔そのもの。だが、彼らはひるまなかった。どんなにハエがまとわりつこうとも、顔にとまっても、全く動揺をしなかった。だが、その中で唯一日本生まれの日本育ちの俺は、この情況を耐え抜くことは出来なかった。
まとわりつくハエを、両手で振り払っても、払っても、やつらは容赦なく襲いかかってきた。あの、アリ塚で誕生し、生命を育んでいたかと想像すると、奴らが柔道着にまとわりつくだけで、身も毛もよだつ思いだった。
柔道着ならまだいい。皮膚の露出している部分。つまり、顔や手や足にまとわりつくと、もう、耐えることのできない精神状態に陥ろうとしていた。
俺は必死だった。まとわりつくハエを振り払うために、両手を懸命に動かし、ハエの集団を追い払った。だが、選手は俺の姿を見て、笑うものなどいなかった。それ以上に、なぜか俺の手の動きをじっと見つめ、なにに興味があるのかわからないが、意味深げに眺めていた。その時だった!選手の一人か発した言葉……
「オーカラテ!!」
「はあ?」
そして、周りにいた選手達も、
「オーカラテ!カラテ!!」
と、拍手をしだしたのだった。
「何言ってんの?お前ら!!」
俺がハエを振り払おうと、両手を一生懸命動かしている姿を見て、彼らは何を勘違いしたのか、俺が空手の練習でもやっているように、受け止めていたのだ。文化の違いとは恐ろしい。ハエがいても、あまり気にしない人たち。ハエを見ると、敏感に気にする俺。ハエを一生懸命振り払おうとしている俺。その姿を見て、空手と勘違いしている人たち。
俺は、カディールに叫んだ!
「もう、帰ろうよ!!」
カディールは言った。
「ワタシタチ・タイジョウブデス」
「お前らのことを、気にしてんじゃねえよ!!」
その後、なんとかハエを振りはらいながら、二時間の練習は終了した。だが、ハエを振り払うたびに、「カラテー!」と、叫ぶ選手達。選手たちは、カディールに、ミスター高尾は空手もするのかと聞いてきたらしい。
そして、カディールは答えた。イスラマバードでは見事な空手&柔道の、デモンストレーションを見たと。
その後パキスタンでは、俺は柔道家兼空手家として紹介されるようになった。次の日の新聞。
俺の写真の横に、「judokarate」という見出しで紹介をされていた。俺に柔道を教えてくれた先生方、本当にすいませんでした。俺は生まれて一度も、空手を習ったことなどない……
つづく
※次回、第35話は7月20日(水)更新予定となります。