2011年08月10日
第38話 さらばシャヒット
帰国まで一週間。念願のチケットも手に入った。
ホテルの従業員は、相変わらず苦情を言っていた。シャヒットの説明によると、今回の指導のスポーンサーであるこの辺で勢力を持つボスが、ホテルに難癖をつけては支払いを渋るらしい。
「ミスタータカオに対するサービスが悪い!」とか、「最初の契約と違うぞ!」とか、とにかく難癖をつけては支払うべき金の半額以下しか払わないらしい…さすがはパキスタンだ。
値段はあって、ないようなもの。街中でも同じようなものだった。
帰国一週間前にして、俺は忙しかった。今までは、生きていくことで精一杯だったが、帰ることが視野に入った瞬間、日本へのお土産が気になっていた。この国で、いったい何を買うべきか?俺はシャヒットに相談した。シャヒットの口からでてきたのは、
「カワノ・ジャンパーガ・グッドデス」
つまり、革ジャンやバッグなどの製品が、安価で質がいいと言っていた。だが、俺には不安があった。シャヒットの案内で行動をすると商店もしくは業者の仲買人として、最後の利益をむさぼるに違いない。そう考えた瞬間、「俺はお土産は買わないよ!」と、シャヒットに言っていた。
シャヒットは、
「プレゼントハ・タイセツデス」
などと、いかにも思いやりのありそうな言葉を並べ俺を説得していたが、俺はシャヒットの毒牙にはかからなかった。シャヒットはビジネスチャンスを逃し落胆して家路に着いたが、俺にはある考えがあった。
最後の一週間は、選手たちと楽しもうと。ナショナルチームの選手たちと、食事をしたり、買い物に行ったり……シャヒットから独立し、教え子たちとの最後の時間を楽しむために、シャヒットを一時遠ざけることとなった…。
俺は選手を連れて、毎晩中華料理屋で豪遊していた。豪遊といっても、酒はない。あくまでも、中華料理を食べ、食後にスイーツとコーヒーを飲み、今では考えられないくらい健康的な生活を送っていた。
それにしても、いくら物価が安いとはいえ8人で中華料理を食べて…腹いっぱい食べて、1000円くらい。さすがにこれにはビックリした。
もっとビックリしたのは、地方から来た選手などは、中華料理など食べたことがなかった。だがら、出てくるもの全てを、舌で確認し、臭いも確認し、
「俺はチャパティーとカバブの方がいいな」と、
奢ってもらっているのに、遠慮なく叫ぶ選手もいた。
そして、食後には甘いものと、コーヒー。だが、町の中華料理屋で出てくるコーヒーは、日本では考えられない代物だった。カップに、ポット。そして、何故かカップの横には、インスタントコーヒーの粉末が入った袋が…一人前と思われる、小さな小袋が添えてあった。
その小袋には、「ネスカフェ」と、書いてあった。
「メイドインジャパン!!」
俺は叫んでいた。みんなは俺の叫びを無視し、粉末をカップに入れ、ポットにあるお湯を注いでいた。そして、ある選手が叫びだした。
「もっとコーヒーの粉末をもってこい!」
そんなウルドュー語だったと思う。店員は、武闘派の客にビビッて、小袋をもう一つ持ってきた。だが、その選手はまた叫んでいた。
「小さな袋なんか持ってこないで、瓶をもってこい!!」
日本では聴くことの出来ない、やり取りだった。その時だった…玄関のドアが開く音がしたのは。そして、ドアの向こうから出てきたのは……
つづく…
※次回、第39話は8月17日(水)更新となります。