2011年09月08日
第41話 最後の夜の訪問者
そして、稽古は終わった。長くて短かった50日。辛いことは多々あったものの、選手達と暮らしたこの50日は、死ぬまで忘れることは出来ないだろう。
さあ、残すところ二日。もう、何も勤めは無かった。俺の頭にあるのは…寿司?ビール?焼肉に?シャブシャブ?そして、妻?明日は何もやることが無い。帰国の準備以外は…訪れてくる者もいない。
ゆったりとした気持ちでいた俺に、最後の勝負が待ち構えていた。帰国前日…この国で、最後で最大の衝撃が!
俺は帰国を前に、この50日で乱れた身だしなみを整えに、床屋へと向かった。ホテルのすぐ近くに床屋があることは確認をしていた。
ボサボサに伸びきった髪の毛。無精に伸びたヒゲ。この旅との決別を、床屋でするつもりだった。日本と似たような内装。大きな鏡の前には、椅子がった。だが、日本のようにシートが倒れるようなものではなく、普通の椅子だった。
床屋に入ると、従業員は一斉に俺を見つめた…いぶかしげに。俺は案内もされていないのに、目の前の椅子に座ると、「カット!」と、叫んだ。
ここのボスとも見える貫禄のある職人が近付き、「オーケー・カット!」と言うと、何やら右手に不思議な道具を取った。その右手に握られていた道具は、ハサミのような握りをした、先端にバリカンのような形をした装置が付いていた。
「もしかして……」
1960年代生まれの昭和の男でも、初めて目にした道具だった。
「これはもしかして?」
そう。今ではもう見ることのできない、手動式のバリカンだったのだ!噂には聞いたことがあった……お爺さんやお婆さんから。
そして店主はその手動式バリカンを俺の髪にあてた。
「ガリガリガリ…」
日本の床屋では聴いたことのない、激しい音を立てて、髪は切られていった。そして、ある程度きり終わると、店主はバリカンに付いた髪の毛を取るために、俺の髪からバリカンを離した。その瞬間……。
「バリバリバリ!!ブチブチブチ!!」
「ウギャ!!!」
俺は鏡のまで叫んでいた。手動式バリカンに挟まった髪の毛を、無理やり引き離そうとする店主。俺は、「痛いだろう!!」と、日本語で叫んでいた。だが、店主は……
「ノープロブレン…」
俺は、「プロブレンだ!!」と、大声で叫んでいた。だが、店主のせいというよりは、バリカンの性能?その後も俺は叫びながら…店主はニコニコしながら、俺の髪を切り続けていた。
散散なめにあいホテルに帰ると、ホテルの一階にあるレストランで、お世話になったボーイや、苦しめられたボーイや、無愛想なフロントを招いて、共に食事をした。
色々あったが、根はいい奴ばかりだった。悪いのは、貧しさだった。食事が終わると、早く休むべく部屋に入った。荷造りは昨日で終わっていた。
「さあ、寝よう!」
時刻は十時だったが、俺はベッドに入った。その時だった……
「ドンドン」
ドアをノックする音が聞こえてきた。パキスタン最終日の夜十時に、俺を訪ねてくるものなど…俺はベッドから起き上がると、不審に思いながらもドアを開けた。そして、訪問者を確認すると、そこに立っていたのは……
つづく
※次回、第42話は9月14日(水)更新予定となります。