2011年09月21日
第43話 最後の夜の訪問者(3)
かなり覚悟を決めた様子なのか、明日いなくなる俺に対して、最後の要求を突きつける態度は……二人だけの密室、大声を出しても、誰も気が付くものなどいないだろう。
ここから、二人の駆け引きが始まった。
「俺、もうドルはそんなに持ってないんだよ」
「タカオサンハ・マダ・500ドルモッテイマス」
なぜ、そんな事を知っているのか。
「そんなに、持ってないよ!」
「タカオサン・サイショニ・1500ドルモッテキタト・イッテイマシタ!」
まだパキスタンに来て間もない頃、そんな事を言った記憶があるが……。
パキスタンでの修行が不十分な頃…まだこの国で他人を信用していた頃…アマチャンの日本人だった頃に、余計なことをしゃべっていた。シャヒットは、それを覚えていたのだ。
「パキスタンデ・1000ドルツカウノハ・タイヘンデス。ダカラ・マダ・500ドルイジョウハ・アリマス」
なんと言う……執念。俺から金を巻き上げるどころか、俺の財布の中身まで予想をしながら近づいていたのか。さすがはシャヒットだ。この状況でも、彼の計算と生きる力に感心させられるばかりだった。
「あのね!もしあったとしても、もう沢山あげたでしょう!!」
「ワタシ・イマ・コマッテイマス。コマッタトキハ・オタガイサマ!」
得意のことわざを使って、意味不明の要求をしてくるシャヒット。
「もう、お互い様はなしだ! いい加減にしろ!」
俺は心から怒っていた。この国に来て、人間として、日本人としての平和ボケを認識することが出来た。だから、騙されながらも少しずつ学ぶものは学んでいった。そして、シャヒットをはじめ、俺の予想を超えた要求や態度をする者たちにも、明るく接してきたつもりだった。
だが、最終日になって、シャヒットのこの要求と態度は明らかに最終決戦を挑んできた様子だった。笑顔のないシャヒット。獣と化したシャヒット。山賊のような雰囲気をかもし出しているシャヒット。
さて、この場をどう乗り切るか。だが、簡単に追い返せる状況ではなかった。薄暗いホテルの一室で、二人だけしかいない…シャヒットは命がけでドルを狙ってくるハンター。俺は狙われている、家畜(日本で育ったるゆい人間)。この立場を逆転できるか……時間ばかりが過ぎていった!
「500ドルクダサイ!」
「NO!」
緊迫したムードは続いていた。
「ジャア!400ドル・デイイデス!」
やはり、得意の値切り作戦に出てきた!しかし、値切られる覚えは無い。元々、払う必要が無いのだから。だが、シャヒットは続けた。
「パキスタン・クルシイデス。オネガイシマス」
この交渉に敗れたら、生きる道がないような、情けないゆがんだ顔をしていた。
「…………」
パキスタンで鍛えられたとはいえ、やはり根が日本人だった…俺は一言。
「そんなに苦しいのか?」
と、同情的になっていた。
「ハイ・パキスタン・タイヘンデス」
俺の財布には、まだ800ドルの金が入っていた。だが、足の無いふりをした物乞いに騙され、ノンアルコールビールでシャヒットに騙され…苦しいという話さえ、本当かどうかわからない。
「オネガイシマス・300ドル・デイイデス!」
五分ごとに、100ドル下がっていった。
「…………」
俺は煮え切らなかった。シャヒットの気持ちを思うと、いくばくかの金はやってもいい。だが……そんな俺の態度を見て、シャヒットはイライラしてきたようだ。
「タカオサン!200ドルデ・イイデス!」
情けない顔から、怒りに転じてきた。そして……次にシャヒットがとった行動は……先ほどから抱えていたボストンバックに手を入れると…中から。バックの中に突っ込んだ、シャヒットの手の中に、金属製の光るものが……。
つづく
※次回、第44話は9月28日(水)更新予定となります。