2011年09月28日
第44話 最後の夜の訪問者(4)
ヤバイ、ナイフだ!!!?
とうとう正体を現した。川口にいた頃は、かなり危ない道を渡ってきたようだが、ここは彼のホームであるパキスタン。俺の脚は、ガクガクと震えだした。ここは二人だけの密室。あの光るもので襲われたら…拉致監禁でもされたら…明日は帰国なのに…俺には最後の闘いが始まろうとしていた。
さて、どうすべきか。震える足を止めようにも、条件反射は俺の意思では抑えることが出来なかったバックの中には、キラリと光る金属の……パキスタン最終日にして、と思うものの、俺は覚悟を決めた。
刃物の傷など、今まで一度も受けたことは無い。だが、ここは、二人だけの密室。日本へ帰りたい…妻の元へ帰りたい…だが、鞄に手を入れたその先には、キラリと光るものが…。
胸を刺されたら死んでしまう。内臓を刺されたら、延命は出来ても、パキスタンの医療技術では死ぬ確率が高いだろう。なんとか、身をかわして、腕だったら…と、わずか数秒の間に、様々な創造をしていた!
腕だけだったら、血を流しながらもフロントにたどり着けるだろう。足を刺されたら、走ることは出来ない。つまり、捕まってしまい、足以外の場所も刺されるかもしれないと、様々な想像をしていた!
そして、シャヒットの手が鞄から出ようとした瞬間…。
「ストップ!」
と、叫んでいた。叫んだ瞬間に、シャヒットの手は止まり、いやらしい笑顔で俺を見つめていた。
「勝った!?」
と、思ったのだろ。俺は逆に、負けたと思う瞬間だった。殺されるよりは、金で解決した方がましだと、俺はバックの中から財布を取り出した。だが、ここで素直に負けるわけにはいかないという、柔道家の根性はあった。俺は財布から100ドルを取り出すと、シャヒットの手に握らせた。
「取っておけ!」
シャヒットは右手で100ドルを受け取ると…。
「…………」
何が気に食わないのか。無表情で何かを言いたげに立っていた。そして右手に握った100ドル紙幣をポケットに入れると、その右手をまた、バックの中に入れたのだった。そして、右手の向こうには……キラリと光る金属製の…
やはり、100ドルでは納得できなかったのか。野獣と化したシャヒットとの駆け引きは、俺の完敗に終わろうとしていた……。
シャヒットは右手を鞄の中に入れると、「ガチャガチャ」という金属音が……「100ドルじゃ、不満なのかよ!」と思うが時すでに遅し。右手には、明らかに銀色に光る握り口…高尾淳、パキスタンに散る…様々な憶測が頭をよぎった。
生まれて26年。楽しかったことも、辛かったことも…(でも、死ぬときは、日本で死にたいな……)。でも、まだ死ぬと決まったわけではない。刃物を持った男との初めての格闘。この戦いに勝てば、日本へ帰ることは出来る。
そして、シャヒットの右手が鞄から出てくると。
「なんだ、それ!!!?」
シャヒットの鞄から出てきたのは…右手に握られていたのは、細い金属製(スズ?)の、一輪ざし(花瓶のようなもの)だった。シャヒットはにこっと笑い、
「オミヤゲデス」
と、俺の右手に手に一輪ざしを握らせた。そして、鞄にもう一度手を入れると、中から出てきたのは、大理石で出来たコーヒーカップと受け皿だった。
「シャヒット!」
俺の目からは、涙がこぼれてきた。100ドルが惜しいわけではない。パキスタンに来てからの、数々のアクシデントにより、俺は人を信じるということを…信頼するということを忘れかけていた。シャヒットのあまりの願望に、一人で勝手にストーリーを作り、一人で勝手に演出をし、勝手に疑っていた。
「タカオサン・コレヲミテ・パキスタンヲ・オモイダシテクダサイ」
「…………」
「ドウシタンデスカ?タカオサン・ナミダヲナガシテ?」
「…………」
「モシカシテ・カエルノ・カナシイデスカ?」
「…………」
返事をすることも出来ないで、涙だけが流れていた。
「パキスタン・スキデスカ?」
「あぁ……大好きだよ…」
「ソウデスカ。ワタシ・ニホン・ダイスキデス!」
「そうか…ありがとう、シャヒット、本当にありがとう」
俺はシャヒットに抱きついた。あれほど俺の金を搾取したシャヒットが、さっきも100ドルを取られてしまったシャヒットなのに、俺は…シャヒットとの別れが…辛くて、辛くてしょうがなかった。
小学校の卒業式でも、中学校の卒業式でも高校の卒業式でも泣いたことのない俺が、パキスタンとの別れに…シャヒットとの別れに…涙を流していた。
※次回、第45話は10月5日(水)更新予定となります。