2011年12月14日

第54話 あっけない幕切れ…

 頸動脈を絞め付けると、大男は確実に失神するだろう……と、確信できるほどの状態にまで、俺の腕は奴の首に絡みついた。だが、ここで頸動脈を絞め続けるほど、俺の心は安定していなかった。なぜなら、先ほどのパワーボム。

 プロレスラーではないものの、今までの柔道人生で数えきれないほどのパワーボムを先輩方にくらってきた身としても、コンクリートの上でパワーボムをくらった経験はなかった。その恨みか、痛みからくる精神分裂か? とにかく、楽に失神させるという発想は全くなかった。

 俺は、絡みついた腕をわざと外すように移動させ、奴の気道に手首の固い骨を押し付けた。その固い部分をのど仏に押し付けて……何度も何度も左右に移動させては、執拗にのど仏を攻撃した。

 どれだけ鍛えたレスラーでも、のど仏だけは鍛えられない……急所だけは、どんな奴にも鍛えられないことは、だれでも知ったことだ。だからこそ、執拗に攻撃をした。

 大男は、「ウエー」と言いながら苦しんでいる。そして、20秒も攻めたころ、大男の左腕が上がってきた。これはもしかして、タップをしようとしているのか? 明らかに、タップをしようとしているようだった。

 だが、ここでタップをさせてたまるか。勝利を目標としていたはずの俺は、いつしか不可解な行動に出ていた。

「ここでまいったなど、させてたまるか!」。

 稽古で超陰湿な先輩方にやられていた行為……まいったをしようとすると、腕の力をゆるめて相手の気持ちを回復させ、回復したら攻撃するという……ただではまいったをさせない、何度も苦しみをあじわせる攻撃をしていた。

 この攻撃を、まさか異国の地パキスタンで使うとは……そう思いながら、何度も絞めては緩めるという攻撃を繰り返していた。道場内は熱気に満ちていた。柔道ナショナルチームの面々は、俺がなんで一気に決めないのかを不思議に思いながらも、完全に逃れることのできない……苦しむ相手の表情を見ては、俺の勝利を確信したように「ワーワー」とウルドゥー語で叫んでいた…たぶん、「やっちまえ!」とでも叫んでいたのか?

 アントニオ猪木ならこの時どうしただろうか? 後に考えてみた。いつ、また逆転されるかもわからない格闘技の世界。油断が自らの死を招かないとも限らない。猪木さんなら一気に決めに行っただろうか……。

 まあ、その時はそんな事を考えている暇もなかった。とにかく、先ほどのパワーボムの恨みを十倍にして返すべく、苦しむ大男を何度も疑獄の境地へ引き込んでいった。その時だった…。

 奴の右手が上がると、もう観念したのか……俺の体をポンポンと2回たたいた。つまり、「まいった」をしたのだった。あっけない幕切れだった。何度も苦しめて、柔道の強さをアピールしようと思っていたが、五度目の絞めに入ったとき、大男はあっさりとまいったをしたのだった。

 「こんなもんかよ?」と拍子抜けをしてしまった。俺たちの世界では、「まいった」のルールなどなかったから、先輩の容赦ない絞め技には、先輩が許してくれるまで耐えるしかなかった。そんな環境で育った人間からすれば、簡単に「まいった」をする大男の心境がわからなかった。

 あんなに意気込んで、パワーボムまで仕掛けてきたくせに……アントニオ猪木とアクラム・ペールワンの話題まで出してきて、俺に戦いを挑んできたくせに…あっさりと「まいった」かよ。

 競技性の違いなのか、文化の違いなのか? 俺が強いのではなく、柔道の強さと稽古の奥深さ……激しさを再確認した時だった。俺たちが普段何気なく使っている技。何気なくおこなっている稽古が、他の競技や他の国ではどれほど恐ろしいものだったのか……思い知ることとなった。

 道場の中は歓声で沸きあがっていた。国際大会で優勝したわけでもないのに、生徒の中には俺に抱きついて喜んでいるものさえいた。なにがそんなにうれしいのか? 柔道がレスリングに勝ったことがうれしいのか、それとも、伝説の一族に勝ったことがうれしかったのか……未だに不明である。

 負けたレスリングチームは、いつの間にか消えていた。戦い後のあいさつもなく、周囲の柔道関係者が大喜びをしている間に、姿を消していた。だから、再戦要求もされなかった。もしされたとしても、俺は受けなかっただろう。なぜなら、かなりの恐怖を感じるほどの圧力の持ち主だったからだ。再戦しても、勝てる気はしなかった。運よく、絞め技に入って決まったものの、相手が防御を研究してきたら、次回も決まるとはわからないのだから……。

 ものすごい疲労感だった。関係者たちはお祝いに飯でも食いに行こうと言っていたが、脱力した俺にはもう、その元気はなかった。それに、またカバーブにチャパティかと思うと、食欲はわかなかった。

 ナディームの運転するバイクの後ろにまたがると、俺はホテルを目指した……そして、長い一日は終了した。

つづく…次回最終回


※次回、最終回は12月21日(水)更新予定となります。 



abc123da at 23:12コメント(0)トラックバック(0) 

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